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伝熱シミュレーションと最適化:CFD・AIによるプロセス設計

目次

はじめに:伝熱シミュレーションの重要性

化学プラントでのプロセス最適化を図る際、熱移動(伝熱)の効率は生産性とコストの両面で大きな影響を与えます。従来は設計相関式や概算モデルを用いて熱交換器や反応器の伝熱性能を予測してきましたが、複雑な流体挙動や局所的な汚れ(ファウリング)現象を正確に捉えるのは容易ではありません。近年、Aspen、COMSOL、HTRIといった化学工学・熱設計ソフトウェアおよびCFD(数値流体力学)の高精度化により、装置内部の温度分布や流れを詳細に解析し、設計や運転の最適化に役立てる動きが加速しています。

さらに、最適化アルゴリズムやAI技術を導入することで、設計パラメータや運転条件を自動探索し、エネルギー消費削減や生産量の最大化を狙う研究が活発化しています。本稿では、その基礎から最先端の取り組みまでを専門家・技術者の視点で整理します。

基礎:伝熱シミュレーションの原理

伝熱と流体力学の基礎モデル

伝熱シミュレーションの根幹は、流体力学の基本方程式(Navier-Stokes方程式)やエネルギー保存則にあります。CFD(Computational Fluid Dynamics)は、これらの方程式を離散化(有限体積法、有限要素法など)して数値的に解くことで、流体の速度分布・圧力分布・温度分布などを得る技術です。

  • 速度分布 → 乱流モデル(k-εモデル、k-ωモデルなど)で境膜伝熱係数を算出
  • 温度分布 → 対流・熱伝導を同時に評価
  • ファウリング予測 → 流体中の粒子沈着や表面化学反応モデル

現場の熱交換器や反応器内では、乱流による高い熱伝達や、流れの偏りによるホットスポット形成といった現象が起こりやすいので、CFDの適用はきわめて有効です。

AspenやCOMSOLの機能

  • Aspen(Aspen Plus, Aspen HYSYS): 化学プロセス全体の熱・物質収支を扱うプロセスシミュレータで、伝熱器モジュールも充実。大規模プラントのエネルギーバランス最適化や流体物性データベースの活用が容易。
  • COMSOL Multiphysics: 有限要素法ベースの汎用シミュレーションソフトで、複雑形状の機器内部の流体挙動や熱伝導・放射を三次元的に解析可能。
  • HTRI: 熱交換器の設計・解析に特化しており、シェル&チューブ式や空冷式などさまざまな型式に対して詳細な設計相関式を備える。

これらツールを組み合わせれば、プロセス全体のマクロな最適化と、装置内部の詳細解析を行き来しながら設計を進められるため、より的確な機器選定・運転条件の設定が可能となります。

実務:CFD解析と最適化の活用

装置内部の詳細解析

実務では、以下のようなシナリオでCFD解析が行われます:

  • 熱交換器での流体偏流や滞留域の検出:パイプ束内で流れが不均一になり、あるチューブだけ流量が不足・過剰という問題を可視化。
  • 反応器内の温度均一性評価:触媒層や撹拌槽での局所的な熱溜まり(ホットスポット)を見つけ、改良策(撹拌羽根形状、入口流速変更)を検討。
  • ファウリング予測:乱流強度や粒子沈着モデルを組み込み、汚れが生じやすい壁面位置を把握 → 洗浄サイクルや防汚コーティングの検討。

こうした解析結果を踏まえ、機器内部の構造変更(仕切り板や流路形状の最適化)や運転条件の調整(流速、温度差など)によって伝熱性能を改善し、設備の稼働率を高めることができます。

最適化アルゴリズムとの連携

シミュレーションを行う際、パラメータを1つずつ変えて試行錯誤するのは手間が大きいです。そこで、進化的アルゴリズム(遺伝的アルゴリズム、粒子群最適化など)やベイズ最適化を用いて、自動的に多数の設計案を探索し、最適解を探るアプローチが注目されています。

例えば:

  • CFDソルバーで設計案(パラメータセット)を評価
  • 最適化アルゴリズムが結果を参照し、より良いパラメータを生成
  • ステップ1に戻る(反復)

これにより、人間が思いつかない形状や運転条件を機械が高速に探索し、省エネルギーかつ高生産性の設計に到達できる可能性があります。

最新技術:AI技術の導入とオンライン応用

AIによる近似モデル(サロゲートモデル)

CFD解析は計算リソースを多く消費し、実時間での制御には厳しい面があります。そこで、AIが学習したサロゲートモデル(近似モデル)を用いれば、実際のCFDを回すより何桁も高速に評価が可能となり、以下の応用が期待されます。

  • リアルタイム予測と異常検知:運転中の温度・流量データを取り込み、AIモデルが瞬時に「この負荷ならどんな温度分布になるか」を推定 → 通常と乖離があれば異常兆候と判断
  • オンライン最適化:プラントDCSの操作量を変えると伝熱性能がどう変化するか、数秒〜数分スケールで計算

デジタルツインと制御

近年、化学プラントの大規模機器(反応器、蒸留塔、熱交換器など)に対してデジタルツインを構築し、実際の運転データと仮想モデル(CFD+AI)をリアルタイムに同期させる試みが進んでいます。

  • 運転状況を常にシミュレーションし、最適な操作量を提案 → MPCやPID制御にフィードバック
  • ファウリングが進行して総合伝熱係数が落ちてきたとき、自動で洗浄時期をアラート
  • 設備故障の予兆を検知し、稼働率を高める

これにより、運転の安定化・エネルギーコスト低減・メンテナンス計画最適化が実現し、プラント全体の運営効率を大幅に向上させる可能性があります。

今後の展望と課題

持続可能なプロセス設計への発展

脱炭素社会を目指す流れの中、省エネルギーや再生可能エネルギー利用の最大化がプラント設計でも大きなテーマです。伝熱シミュレーションと最適化の視点からは:

  • 熱ネットワーク最適化:複数の熱交換器や廃熱回収設備を連携し、Pinch技術との組み合わせでプロセス全体のエネルギー効率を高める
  • 先進的材料・表面処理:ファウリング低減や高伝熱材料の選択をCFD+AIでモデル化し、トータルコストと環境負荷を両立

データ品質とブラックボックス化の懸念

高度なシミュレーション・AI最適化を行うには、信頼性の高い物性データや計測データが前提となります。もし実プラントのセンサーが不調でデータにノイズが多いと、CFDモデルやAIが誤った結論を出す恐れがあります。また、ブラックボックス化も課題で、なぜその形状やその運転条件が最適なのか、エンジニアが説明できないと現場での採用が進まない可能性もあります。

このため、物理的裏付け(物性モデルや対流・乱流の原理)とAI出力を両方検証する“ホワイトボックス化”の試みや、Explainable AIの導入が求められます。

専門家・技術者としての視点

  • 物理モデルの理解:ベースとなる伝熱理論や流体力学をしっかり押さえ、CFDやAIを使って出た結果が妥当か見極める力が必要。
  • 段階的アプローチ:フルCFD解析は大規模になるほど計算リソースが大きい。初期段階は相関式ベースのモデルを使い、細部の要所でCFDを適用する戦略が現実的。
  • メンテナンス計画との統合:ファウリングシミュレーションや異常検知を運転管理と組み合わせ、停止回数を減らすなどの効果を狙う。
  • 組織的導入:先端技術を取り込むには、プラントエンジニア・データサイエンティスト・IT部門が連携する体制が不可欠。

まとめ

伝熱のシミュレーションと最適化は、化学プラントの効率的な運営や高品質生産において、今や必須のアプローチとなりつつあります。Aspen、COMSOL、HTRIなどのソフトウェアやCFD技術により、装置内部の乱流強度・温度分布・ファウリング傾向を詳細に把握でき、最適化アルゴリズムやAIを組み合わせれば、設計・運転条件を自動探索して省エネ・高性能化を両立できる可能性があります。

  • 基礎:Navier-Stokes方程式やエネルギー方程式を数値的に解く技術がコア。
  • 実務:熱交換器内部の偏流・局所的汚れ・不均一反応などを可視化し、装置構造や運転条件を洗練させる。
  • 最新技術:AIがサロゲートモデルを構築し、リアルタイム最適化や異常検知への応用が進展。
  • 今後の展望:省エネルギー、脱炭素の流れの中で、プロセス全体最適の一環としてCFD+AIがさらに強力なツールになっていく。

最終的には、正確な物理モデル・高品質データ・先端演算技術の融合が鍵を握ります。専門家・技術者は、この融合をうまく使いこなし、プラントの安全かつ経済的な運営に貢献することが求められるでしょう。

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