定義と基本概念
PID制御(Proportional-Integral-Derivative Control)は、最も広く使われている古典的なフィードバック制御手法であり、比例(P)、積分(I)、微分(D)の3要素を用いてプロセス変数を目標値に安定させる手法です。シンプルな構造で信頼性が高いため、多くの産業で使用されています。

一方、モデル予測制御(MPC:Model Predictive Control)は、プロセスの数学モデルを用いて未来の制御結果を予測し、最適な制御動作をリアルタイムに決定する高度制御手法です。MPCでは、制御対象の挙動を予測しながら最適制御問題を繰り返し解くことで、多入力多出力(MIMO)システムに対しても高い制御性能を実現できることが特徴です。
PID制御とMPCの組み合わせは、これら二つの制御手法の長所を融合させ、より複雑なシステムの制御を実現するために近年注目されています。

実務での使いどころ
1. 化学プラントにおける反応プロセス制御
化学反応プロセスでは、反応器内の温度、圧力、濃度など複数のパラメータが複雑に絡み合います。PID制御単独では複雑な動特性を持つプロセスに対応するのが難しく、過度なオーバーシュートや長時間の制御収束が課題となる場合があります。このようなケースでMPCを組み合わせることで、プロセスの動的挙動を予測し、複数の変数を同時に制御して効率的で安定した運転を実現できます。
2. 蒸留塔・熱交換器の温度制御
蒸留塔や熱交換器の制御においても、PID制御は広く用いられていますが、運転条件の急激な変化に対しては追従が遅れることがあります。特に原料組成や負荷変動が大きい運転条件下では、PID制御だけではなく、MPCによる未来予測に基づいた補完的な制御が有効です。これにより、熱交換の最適化やエネルギー効率の改善、運転コストの削減が期待できます。
3. 燃焼プロセスの安定化
燃焼炉などでは、燃料供給量や空気供給量の制御が重要です。燃焼プロセスは外乱や負荷変動の影響を受けやすく、単純なPID制御では燃焼効率や排出ガス濃度を安定させるのが困難です。MPCを組み合わせれば、燃焼プロセスのモデルを利用して予測制御を行い、燃焼効率を高めながら環境規制への適合性も確保できます。
最新技術
1. ハイブリッド型PID-MPC制御システム
近年では、PID制御とMPCの強みを最大限に活かすために、ハイブリッド型制御システムの開発が進んでいます。この方式では、基本的なフィードバック制御をPIDが担当し、大きな外乱が発生した際や運転条件が大きく変化する場合にMPCが介入して制御を補完します。これによりリアルタイムの制御負荷を軽減しつつ、全体として安定したプロセス運転を実現することが可能になりました。
2. AI・機械学習との統合
さらに、モデル予測制御のモデル作成にAIや機械学習(Machine Learning)が活用され始めています。従来の物理モデルに加えて、運転データを用いてプロセスの動的挙動を機械学習モデルで予測することで、より精度の高いモデル予測制御を実現できます。これにより、モデル構築の時間短縮と制御性能の向上が期待されています。
3. クラウドベースのリアルタイム最適化
クラウド環境を用いて制御プロセスのデータをリアルタイムに収集・解析し、遠隔地からMPCを実行する手法も広がっています。PID制御の現場装置とクラウド上のMPCが連携することで、現場の制御負荷を軽減し、集中管理による運転最適化が実現されています。特に大規模プラントにおいて、この方式は今後さらなる普及が予想されます。
今後の展望
1. 自律的なプラント運転への移行
将来的には、PIDとMPCの統合制御が標準化し、プラント運転の完全な自動化・自律化が進むと考えられます。高度なAI技術や機械学習モデルを活用し、リアルタイムのプロセス最適化が常態化することで、従来のオペレーターの負担が軽減され、運転コストの削減、安全性の大幅な向上が期待できます。
2. リアルタイムモデル更新技術の進展
運転データから制御モデルをリアルタイムに更新する技術の進歩により、変動するプロセス条件に対しても即座に対応可能な予測制御システムの普及が予想されます。これにより、柔軟性が求められる多品種生産や市場需要変動に迅速に対応できるようになるでしょう。
3. 省エネルギー・脱炭素への貢献
PIDとMPCの融合による制御技術は、省エネルギー化やCO₂削減などの環境負荷低減にも大きく貢献します。プロセスの効率化や無駄のないエネルギー運用を実現し、地球環境保全と企業の競争力強化の両面で重要な技術となっていくでしょう。
まとめ
PID制御とモデル予測制御(MPC)の組み合わせは、古典的な安定性と現代的な予測最適化技術を融合した、次世代型の制御手法として注目されています。実務面では化学プラント、蒸留塔、燃焼プロセスなど多岐にわたる用途があり、AIやクラウド技術との連携によりさらなる進化を続けています。今後の技術革新を通じて、自律化、リアルタイム最適化、省エネルギー、脱炭素といった分野での貢献がますます期待される制御技術です。